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東京高等裁判所 昭和39年(う)282号 判決 1964年6月30日

控訴人 被告人 平野国雄

弁護人 立崎亮吉

検察官 平岡俊将

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人立崎亮吉提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人の控訴趣意二の(二)について。

(1)  刑法第百五十七条第一項に規定する公正証書原本不実記載罪における「不実」とは、公正証書の原本に記載すべき事項に関し、その重要な点について真実に反することをいい、従つて、商業登記簿に記載すべき事項に関しては、それは少なくとも法令により記載すべきものと定められた事項であることを要するものと解すべきことに異論はない。

(2)  ところで株式会社の設立登記事項に関し、昭和二十三年法律第一四八号(商法の一部を改正する法律)は、明治三十二年法律第四八号商法第百八十八条第二項第五号(各株ニ付払込ミタル金額)を削除し、昭和二十五年法律第一六七号(商法の一部を改正する法律)は、右商法第百八十八条第二項第一号から第十一号までを改正し、新たに第五号において「発行済株式ノ総数、額面無額面ノ別、種類及数」を、第六号において「資本ノ額」を登記事項と規定するに至つている。

右の改正経過に依つて、「各株ニ付払込ミタル金額」は現行法上商業登記簿に記載すべき登記事項と定められていないところから、この点のみに着目すれば株式の払込がいわゆる「見せ金」による仮装の払込であることを秘して株式会社の設立登記を経由しても、その行為は公正証書原本不実記載、同行使罪を構成しないものの如くである。しかし現行商法が、株式会社の設立手続において、「会社が発行する株式の総数」のうち、少なくとも「会社の設立に際して発行する株式の総数」については、発起人又は株式申込人において現実にこれが引受を為し(商法第百六十九条、第百七十五条)遅滞なく、遅くとも設立登記を申請する時までには、各株につきその発行価額の払込を為すことを要するものとし(同法第百七十条第一項、第百七十二条、第百七十三条第一項、第百七十六条、第百七十七条、第百八十四条、第百八十九条第一項、非訟事件手続法第百八十七条第二項第四号、第十号)、株式払込金取扱銀行等は、その証明した払込金額を、会社が設立登記を完了して成立した時は会社に引き渡してこれを現実に収受させることを期待しているのは、株式会社における資本の確定充実の原則に基づくものであるから、その設立登記事項である同法第百八十八条第二項第五号の「発行済株式ノ総数」とは、実質的に引受及び発行価額の全額の払込が為された株式の総数をいい、何ら実質的に払込が為されていない株式はこれを「発行済株式」ということを得ず、また同項第六号の「資本ノ額」とは、額面株式だけで発行する株式会社においては、額面金額と叙上発行済株式の総数との積、即ち実質的に引受及び発行価額の全額の払込が為された株式の額面金額の総計をいい、実質的に払込が為された株金額が「資本ノ額」となると解すべく、従つて、株金全額の払込済であることは、旧法第百八十八条第二項第五号(各株ニ付払込ミタル金額)と現行法第百八十八条第二項第五号(発行済株式ノ総数)及び第六号(資本ノ額)とにおいて規定の仕方に差異はあつても、ひとしく株式会社の設立登記事項として法令により商業登記簿に記載すべき事項に属し且つそれは株式会社に関する法律の基本原則である資本の確定充実の原則に基づく重要な事項であるということができる。

(3)  然らば、原判決第一事実において認定されている如く、原審相被告人中田敏夫、同中島茂、同三上歌之輔らが、共洋電機株式会社の「設立に際して発行する株式の総数」二千株につき、いわゆる「見せ金」による仮装の払込が為されたに過ぎず、何ら実質的な払込が為されていないのに拘らず、その情を秘して登記官吏に対し、右株式二千株につき実質的な払込が為されたものの如く虚偽の申立を為し、資本の額金百万円、金額払込済の株式会社として同会社の設立登記を申請し、右登記官吏をして商業登記簿の原本に、発行済株式の総数及び資本の額に関し申請どおり不実の記載を為さしめた場合においては、公正証書の原本に記載すべき事項に関し、その重要な点について真実に反する記載を為さしめたものに該当し、公正証書原本不実記載罪を構成するものということができる。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

弁護人立崎亮吉の控訴趣意第一点の二の(二)

実質的な払込がないにも拘らず払込が完了し会社が適法に成立した旨商業登記簿原本に虚偽の記入を為さしめたことは公正証書原本不実記載・同行使の罪に該当するとの点であるが、仮りに本件株式の払込が実質的なものではなく、従つて無効な払込であると云うことになつたとしても、そのことを理由に共洋電機株式会社の設立登記をなした行為が公正証書原本不実記載・同行使の罪に該当するものと断ずることはできないと考える。刑法第一五七条に所謂「虚偽ノ申立」をして「不実ノ記載」をなさしめたときとは公正証書に記載すべき事項に関しその重要な点について不実の申立をなし、これを公正証書の原本に記載させることを謂い、従つて商業登記簿に記載すべき事項は少くとも法令により記載すべきものと定められた事項であることを要するものと解すべきであり、而して株式会社の設立記載事項としては商法第一八八条第二項第三項において目的・商号・本店及び支店その他の事項を詳細に列挙して規定しているが「各株に付払込みたる株金額」の如き事項は昭和二十三年法律第一四八号による商法の一部改正以後はこれを登記事項から削除しているから、原判決理由摘示の如く「……実質的には株金の払込がないのに拘らず払込が完了し……」たとして、会社設立の登記を申請したとしても、株金の払込済であることが登記事項とされていない以上「見せ金」による払込が有効であるか否かは論ずるまでもなく公正証書原本不実記載罪を構成する筈はなく、従つて亦その行使罪も成立しないものといわなければならない(昭和三三年一二月一九日東地判昭和二七年(わ)第二九六三、三一三七、三二九五号第一審刑集第一巻一二号二〇五五頁参照)。

(その余の控訴理由は省略する。)

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